表題 被留置者の死亡事案等に関する調査結果報告書 令和4年12月 大阪府警察 目次 はじめに 第1 事案発生に関する調査 1 福島署留置管理課の体制等 (1) 体制及び勤務状況 (2) 勤務方法 (3) 本部留置管理課の福島署への指導・教養状況等 2 事案発生までの経緯 (1) 逮捕から特異被留置者に指定されるまで(7月20日から8月19日) (2) 特異被留置者指定後から便せん発見後の措置決定前まで(8月19日から8月30日) (3) 便せん発見後の措置決定とその後の対応(8月30日) (4) 自殺直前直後の対応(8月31日から9月1日) 3 自絞用具と保管私物の管理状況等 (1) 自絞用具の状況 (2) 保管私物の管理状況 (3) 不織布マスクの管理の状況 (4) 索条物の作製時期 (5) 索条物の隠匿 4 明らかになった事実への評価 (1) 特異被留置者指定に関する対応 (2) 便せん発見前後の福島署の対応 (3) 保管私物の管理等 (4) 本部留置管理課による福島署への指導・助言 5 今後の対策 (1) 自殺等の言動に対する厳格な評価 (2) 被留置者に対する監視体制に係る基本事項の遵守の徹底 (3) 本部留置管理課と警察署の連携強化 (4) 再点検等の実施 第2 対外説明状況に関する調査 1 対外説明において事実と異なる説明を行った事項とその経緯 (1) 巡回強化時期について (2) 自殺をほのめかす言動及び便せんの把握について (3) 甲男の最終動静確認について (4) 保管私物庫点検の実施日について (5) 9月1日午前6時から午前7時までの甲男に対する巡回・巡視について 2 明らかになった事実への評価 (1) 準備不足に起因する対応の誤り (2) 本部留置管理課内の連携・情報共有不足に起因する対応の誤り (3) 福島署の不適切な業務に起因する対応の誤り 3 今後の対策 (1) 組織的な対応方針の事前検討の徹底 (2) 対外説明を行う者に対する教養の徹底 (3) 部外講師による講習 おわりに 本文 はじめに 令和4年9月1日、大阪府福島警察署(以下「福島署」という。)の留置施設に おいて留置中の被留置者(以下「甲男」という。)が自殺(注意1)を図り、死亡 するという事案が発生した。 (注意1)大阪大学大学院医学系研究科法医学教室において9月2日に行われた甲 男の司法解剖の結果、医師から「死因は縊頸による蘇生後脳症。自殺と考えられる。 」との所見を得たこと、また、甲男は、新規留置以来単独留置とされていたことか ら、死因は自殺であると判断した。  また、本事案に関し、大阪府警察本部総務部留置管理課(以下「本部留置管理課」 という。)が行った対外説明において、一部不適切な対応があり、その結果、大阪 府警察(以下「府警」という。)に対する府民の信頼を損ねる事態を招いた。  府警は、大阪府公安委員会(以下「府公委」という。)の指導の下、同月9日、 警務部長を長とする調査チームを立ち上げ、本事案発生までの対応(その後の対外 説明の問題点を含む。)に関する調査を開始した。調査においては、福島署、本部 留置管理課等の関係所属の職員に対する聞き取り、福島署留置施設の状況確認等を 行った。  その調査過程においては、府公委に対して調査状況を適時報告し、府公委におい ては、判明した問題点等について議論が行われた。 本報告書は、本事案に関する調査結果と、その結果を踏まえた今後の対策を取り まとめたものである。 第1 事案発生に関する調査 1 福島署留置管理課の体制等 (1) 体制及び勤務状況  本事案発生当時、福島署留置管理課は、留置主任官であり課長であるA警部以下 12人体制であり、留置管理総務係及び留置管理第一係から第三係(いわゆる看守勤 務)で構成されていた。 (2) 勤務方法 ア 監視及び警戒  看守勤務員の勤務方法は、大阪府警察留置業務取扱規程(平成24年訓令第13号。 以下「規程」という。)において、見張り勤務(看守台において、被留置者の動静 及び留置施設内全般の監視及び警戒に当たるほか、随時移動してこれらを行う勤務) 、移動勤務(留置施設内を移動して被留置者の監視及び異常の発見に当たる勤務) 等に当たることとされている。 イ 留置施設内の巡回・巡視  留置施設の巡回・巡視については、規程等により、看守勤務員による巡回や、留 置業務管理者(警察署の場合は警察署長)、当直管理責任者等による巡視を行い、 被留置者の適切な処遇及び事故防止に万全を期さなければならないとされている。 (3) 本部留置管理課の福島署への指導・教養状況等  本部留置管理課の巡回指導・教養(以下「巡回指導」という。)は、毎月1回程 度の頻度で各警察署留置施設に対して行われていたが、令和4年7月頃から新型コ ロナウイルス感染が急速に拡大したこと(いわゆる第7波)に伴い、各警察署留置 管理課員及び被留置者の感染拡大防止対策を徹底するため、同時期から、実地での 巡回指導を中止していた。  福島署への本部留置管理課による巡回指導は、同年4月以降3回実施されていた。 甲男自殺前の直近の巡回指導は7月5日に行われており、留置管理業務における新 型コロナウイルス感染予防対策及び不適正事案防止に関する指導・教養等がなされ ていた。  2 事案発生までの経緯 (1) 逮捕から特異被留置者に指定されるまで(7月20日から8月19日)  甲男は、令和4年7月20日、有印私文書偽造、同行使事件(本部長指揮事件)の 被疑者として、大阪府高槻警察署と合同捜査を行っていた刑事部捜査第一課に通常 逮捕され(1回目)、同日から甲男は福島署留置施設に新規留置された。なお、甲 男は、甲男のみの単独留置であった。以後、甲男が自殺に至るまで、居室及び単独 留置は変更されていない。  8月10日、甲男は詐欺事件の被疑者として逮捕された(2回目)。  甲男は、8月1日頃から取調べ時において、取調官に対して留置施設からの逃走 をほのめかす言動を行い、具体的な内容でその言動を繰り返すようになったことか ら、8月19日、刑事部捜査第一課捜査員から、福島署留置管理課長であるA警部に 対して、甲男の逃走に関する言動について情報共有がなされた(注意2)。 (注意2)被留置者の留置に関する規則(平成19年国家公安委員会規則第11号)第 6条に基づき、捜査主任官は、被疑者を留置するに当たっては、留置主任官に対し て、その者の逮捕の理由、弁護人の選任に関する事項、看守上注意を要する事項そ の他必要な事項を連絡しなければならないとされている。また、留置主任官は被留 置者の処遇の適正を図るため必要があると認めるときは、捜査主任官に対して、当 該被留置者の健康状態その他当該被留置者の処遇上留意すべき事項を連絡しなけれ ばならないとされている。  福島署は、これを受けて、同日、逃走等のおそれがある被留置者として、甲男を 特異被留置者に指定した(注意3)。 (注意3)特異被留置者は、規程において、「規律無視、不当要求、粗暴、疾病等 その処遇を行うに当たり、特に注意を要する被留置者」とされている。府警におい て、留置業務管理者である警察署長が被留置者を特異被留置者に指定した場合には、 留置管理業務に関するシステムにその旨を登録することにより本部留置管理課への 報告を行うこととなっている。 (2) 特異被留置者指定後から便せん発見後の措置決定前まで(8月19日から8月30日) ア 福島署幹部への報告  8月25日、甲男は、殺人等事件の被疑者として逮捕された(3回目)。  8月30日午前0時5分頃、福島署留置管理課留置管理第三係長であるB警部補は、 危険物の有無等の確認のため、就寝前に甲男の居室から回収した物品を確認したと ころ、私物ノートに便せんが挟まっていたことを発見し、その内容を確認すると、 自殺をほのめかす内容であったことから、福島署幹部に対する報告に用いるため、 便せんに記載されている内容を要約したメモ(以下「メモ」という。)を作成した。 なお、甲男が新規留置された7月20日から上記便せんを発見するまでの間、甲男の 自殺に関連する特異動向は把握されていなかった。  午前0時30分頃、B警部補は、執務時間外における警察署の責任者である当直管 理責任者のC警部に報告に向かったが、C警部は当直勤務の休憩時間帯に入ってい たため、C警部への報告は休憩時間明けの朝に行うこととした。B警部補は、午前 2時頃、休憩から勤務に復帰した留置管理第三係の相勤者に対し、便せんを発見し た旨を共有するとともに、甲男の動静監視の強化や、何かあればB警部補にすぐに 知らせるよう指示した上で、休憩に入った。  午前6時頃に休憩から勤務に復帰したB警部補は、相勤者から「甲男がよく寝て いる。」旨の報告を受けた後、C警部に対してメモを手渡し、「甲男に自殺のおそ れがあるが、様子は普段と変わりはなく、今後も動静監視を続ける」旨を報告した。  B警部補は、午前7時30分頃、留置主任官であり福島署留置管理課長であるA警 部にも自殺をほのめかす便せんを発見した旨を報告した。その際、A警部は、甲男 の様子を確認したが、普段と変わりのない様子であったことから、自殺の具体的危 険を認識するに至らなかった。  当直管理責任者であるC警部は、執務時間内の留置主任官であるA警部に対し同 様の報告を行ったが、A警部からは、甲男の対面監視は必要ないとの考えが示され た。  また、C警部は、留置業務管理者である福島署長に対し、署長以下幹部が出席す る朝の会議の前に、甲男の居室内から回収した私物ノートから自殺をほのめかす便 せんが発見されたことを報告した。  同会議では、A警部が「甲男が死にたいという内容を書いた手紙を見つけたが、 今のところ甲男に自殺をするような様子が見られないため、警戒強化で行く」旨を 説明した。会議後、福島署長及びA警部は、甲男の処遇について改めて検討を行っ た。A警部は、福島署長にメモを提示した上で、甲男の留置施設内での日頃の動静 を報告し、巡回を1時間当たり4回から5回に増やして様子を見ながら段階的に対 応していく旨の方針を説明した。福島署長も、甲男の日頃の動静について自身の把 握内容と同じであったことから、自殺を図る危険性が低いとの見解に同意しつつも、 本部留置管理課及び刑事部捜査第一課に便せんが発見されたことを報告するととも に、本部留置管理課には、甲男に対する対面監視の必要性について確認するよう指 示した。ただし、福島署長は、甲男が自殺を図るまでの間に、便せんそのものを自 ら確認することはなかった。 イ 関係所属への報告 (ア) 福島署から本部留置管理課への報告  福島署長の指示を受けたA警部は、本部留置管理課に対する報告や対面監視の必 要性に関する確認について、留置副主任官であり留置管理総務係長であるD警部補 (注意4)に行わせることとし、D警部補に指示した。 (注意4)D警部補の令和4年9月時点での留置管理業務経験は約8年7月であり、 必要な専科教養等を受けていた。  D警部補は、8月30日午後、A警部の側にある自席から、本部留置管理課課長補 佐であり、福島署の留置管理業務に関する指導を担当するE警部に電話連絡し、A 警部の指示を受けて報告すること、甲男の所持品から自殺をほのめかす便せんが見 つかったこと、便せんには両親への感謝の言葉があること、他方で甲男の普段の動 静に関して特異なものは認められない旨、看守勤務員や自身の見解等について説明 した。その上で、甲男を特別要注意被留置者(注意5)に指定した上で対面監視を 行う必要性について本部留置管理課の見解を尋ねたところ、E警部は、家族宛ての 感謝の気持ちが書かれているだけであれば対面監視は難しいと思われるが警戒は上 げなくてはならない、甲男を特別要注意被留置者に指定するかどうかは警察署の判 断になる旨の指導を行った。 (注意5)特別要注意被留置者は、規程において、「留置施設内で、自殺、自傷行 為、逃走等を企図する等の特異な言動のある被留置者のうち、当該被留置者に係 る犯罪の態様又は被留置者の経歴、言動等から判断して自殺、自傷行為、逃走等の 事故を起こす蓋然性が高いと認められ、監視体制の強化等によるこれらの事故を未 然に防止する必要のある者」とされている。府警において、留置業務管理者であ る警察署長が被留置者を特別要注意被留置者に指定した場合には、留置管理業務に 関するシステムにその旨を登録することにより、本部留置管理課へ報告を行うこと となっている。  なお、このときのD警部補からE警部への電話連絡において、D警部補は便せん の内容全てを漏れなくE警部に説明した訳ではなかった。  電話連絡終了後、本部留置管理課においては、E警部が、上司である本部留置管 理課管理官のF警視に対して、D警部補から、甲男が家族宛てに感謝の気持ちを書 いた便せんが発見されたことの報告があったこと、家族宛ての感謝の気持ちが書か れているだけであれば対面監視は難しいと思われるが、特別要注意被留置者に指定 するかどうかは警察署の判断になる旨伝えたことについて報告した。その際、E警 部は、甲男の対面監視に関する相談が福島署からあったことをF警視に報告したこ とをもって、自殺や逃走のおそれといった、対面監視が検討されるような特異動静 が甲男にあったことが当然F警視にも伝わっているだろうと考えていた。これに対 して、F警視は、当時、本部留置管理課での勤務経験があり、留置管理業務に精通 しているD警部補から甲男の対面監視に関する相談があったことをE警部から聞き、 「家族宛ての感謝の気持ちが書かれた便せんが発見されたことだけでD警部補が本 部に連絡してこないのではないか。自殺に関する相談なのだろうか。」との考えが 頭によぎったものの、E警部から甲男に特異動静はないとの報告があったことから F警視もE警部に対し、対面監視は難しいと思われるが警察署の判断になる旨の見 解を伝えた。  なお、F警視は、このような福島署からの報告内容を踏まえれば、甲男を特別要 注意被留置者に指定するよう指導すべきか否か、本部留置管理課長及び同課調査官 兼次長に伺う必要がないと判断したことから、本部留置管理課長及び同課調査官兼 次長には、報告しなかった。 (イ) 福島署から刑事部捜査第一課への報告  福島署長の指示を受けたA警部は、便せんを発見したことを捜査部門に情報共有 するため、8月30日午後、甲男の取調べ出場要請のため留置施設を訪れた捜査員に 対して、「甲男が死にたいと言っている。」と便せんが発見された旨を口頭で伝え るとともに、併せて、自殺を図る危険性が低いとの見解を伝えた。重ねてA警部は、 刑事部捜査第一課に電話連絡を行い、便せん発見時の状況、便せんが自殺をほのめ かす内容であること及び両親に宛てたものであることに加え、現在のところ自殺を 図る危険性が低いとの見解を伝えた。 (3) 便せん発見後の措置決定とその後の対応(8月30日)  本部留置管理課から、甲男の対面監視等の必要性は警察署判断によるとの見解が 示され、対面監視実施について明確な指示がなかったことを受け、8月30日午後、 福島署長は、甲男の処遇方針として、甲男の特別要注意被留置者への指定や対面監 視は実施しないこと、甲男の単独留置を継続すること、看守勤務員による夜間帯( 午後9時から午前7時)の巡回を1時間に4回から5回に増やすことを決定した。  このとき決定された方針は、A警部を通じ、福島署留置管理課員に共有された。  8月30日午前9時から翌31日午前9時までの福島署留置施設における看守勤務に 従事していた職員は、福島署留置管理課留置管理第二係のG警部補、H巡査部長、 I巡査長であった。(注意6) (注意6)この3名の令和4年9月時点での留置管理業務経験は、G警部補が約2 年10月、H巡査部長が約5年10月、I巡査長が約1年5月であり、全員、看守勤務 員として必要な専科教養等を受けていた。  午後5時半頃からの当直勤務員集合時、当直管理責任者である福島署総務課長は、 甲男に関して、「自殺をほのめかす便せんが発見されたが、普段どおりの様子であ る」旨当直勤務員に伝達した。  調査の結果、8月30日の夜間帯(8月30日午後9時から翌31日午前7時)において、 本来は、50回の留置施設内の巡回を行うべきところ41回、このうち甲男の居室に対 しては40回しか行われておらず、甲男に対する「夜間帯に1時間に5回巡回を行う 」との福島署の方針は遵守されていなかったことが判明した。また、1時間以上の 間隙を生じさせないこととされていた当直管理責任者等による巡視についても、同 日夜間帯において、本来は10回以上の留置施設内の巡視を行うべきところ9回、こ のうち甲男の居室に対しては6回に止まっていた。さらに、8月30日の夜間帯の巡 回・巡視が、福島署長が決定した方針や規程どおり実施された旨の事実と異なる内 部報告書類が作成されていた。 (4) 自殺直前直後の対応(8月30日から9月1日) ア 8月31日日中帯における対応等 8月31日午前9時から翌9月1日午前9時までの福島署留置施設における当務勤務 員は、福島署留置管理課留置管理第一係のJ警部補、K巡査部長及びL巡査長であ った(注意7)。 (注意7)この3名の令和4年9月時点での留置管理業務経験は、J警部補が約22 年5月、K巡査部長が約23年4月、L巡査長が約5月であり、全員、看守勤務員と して必要な専科教養等を受けていた。  J警部補は、勤務開始に先立って、同日午前9時までの勤務に従事していた留置 管理第二係から、甲男の自殺をほのめかす便せんが発見されたことに伴う巡回の強 化について引継を受けるとともに、A警部からも、甲男の動静監視の徹底等につい て指示を受けた。J警部補は、引継内容及び指示事項をK巡査部長及びL巡査長に 伝えた後、留置管理第一係の3名は、福島署留置施設内で当務勤務を開始した。  8月31日午前における福島署留置施設内での甲男の動静は、運動時にJ警部補等 と雑談を交わすなど、普段と変わらない様子であった。また、同日午前中、甲男に 対する取調べが行われたが、留置施設入出場時に行われた身体検査(注意8)では 特に異常は認められなかった。 (注意8)身体検査は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(平成17 年法律第50号)等の規定により、留置施設の規律及び秩序を維持するため、必要が ある場合には、被留置者について、その身体、着衣、所持品及び居室を検査するこ とができるものとされている。  甲男は、取調べ後に留置施設に入場した後、居室内において、洗濯・乾燥後の私 物の衣類を畳む作業を行ったほか、読書等をして過ごしていた。その間、甲男に何 か考え込むような様子は見受けられず、また、食事も普段の喫食状況であり、特異 動静は認められなかった。  午後5時半頃からの当直勤務員集合時、当直管理責任者である福島署生活安全課 長のM警部は、甲男の所持品から自殺をほのめかす便せんが発見されたことについ て既に署内各課で共有されているものと考えたため、当直勤務員に対して指示を行 っていなかった。  午後7時から、福島署留置施設内において、当直管理責任者であるM警部以下7 名の当直勤務員が居室の点検(以下「検室」という。)(注意9)を実施した。 (注意9)各居室の室内点検は、「留置施設及び設備に対する点検実施要領の制定 について」(平成31年3月29日例規(留)第36号。以下「点検実施要領」という。 )に基づき、留置業務管理者は、毎月1回以上、留置主任官立会いの下、看守勤務 員等に留置施設の一斉点検を行わせることとされている。また、この一斉点検に加 え、点検実施要領に基づき、各居室の異常の有無を確認するため、留置施設におい て1日1回以上検室を実施することとされている。  甲男の居室の検室は3名が担当し、居室内の設備や寝具等の確認を行ったが、設 備の破損や隠匿物は見当たらず、異常の発見には至らなかった。なお、検室実施者 は、甲男の居室のトイレ出入口扉と支柱の間に僅かに隙間があることを認識してい たが、私物が当該箇所に隠匿される可能性があるとまでは考えず、同箇所に対する 異常の有無の確認をしていなかった。  また、検室を実施している間、K巡査部長が甲男を居室から出し、身体検査を実 施したが、着衣の破損や隠匿物は見当たらず、異常の発見には至らなかった。なお、 調査の結果、甲男が当時着用したTシャツの裾部分の布が裂かれ、自絞用具の一部 に使用されたことが判明したが、このときの甲男の身体検査において、着衣のズボ ンから上衣の裾を出させて目視する方法での異常の有無の確認は行われていなかっ た。 イ 8月31日夜間帯(8月31日午後9時から翌9月1日午前7時)における対応等  8月31日午後9時、福島署留置施設内の照明は減光され、甲男を含む被留置者は 就寝した。  8月31日夜間帯における甲男の動静として、留置管理第一係員が把握していた事 項は次のとおりである。 ○ 9月1日午前1時12分  L巡査長が、甲男が起き上がってトイレに行き、その後横になるところを確認し た。 ○ 午前1時30分  L巡査長が巡回中、甲男が「すみません、お茶をください。」と申し立てたこと から、L巡査長が甲男にお茶を渡す際「眠れないのか。」と聞くと、甲男は「いえ、 今たまたま起きてしまって。」と答え、お茶を飲み終えると「おやすみなさい。」 と言い、横になるところを確認した。 ○ 午前4時5分  J警部補が、甲男がトイレのために起き、その後静かに横になるところを確認し た。 ○ 午前5時50分  J警部補が、甲男が居室内で立って看守台の方を見ていることに気付いたことか ら、J警部補が甲男の居室に近づくと、甲男が「今何時ですか。」と尋ねてきたの で、J警部補が「5時50分だ。」と答えると、甲男が横になり毛布を被るところを 確認した。 ○ 午前6時36分  甲男の居室内から「すみませーん、すみませーん。」との声が聞こえたことから、 K巡査部長が甲男の居室に向かったところ、甲男が「すみません、お茶をください。 あと、今何時ですか。」と申し出たことから、K巡査部長がお茶を渡して「6時36 分だ。」と答えると、甲男は、お茶を2、3口飲んで返却した。  調査の結果、8月31日の夜間帯(8月31日午後9時から翌9月1日午前7時)にお いて、本来は50回の留置施設内の巡回を行うべきところ22回、このうち甲男の居室 に対しては15回しか行われておらず、「夜間帯に1時間に5回巡回を行う」との福 島署の方針は遵守されていなかったことが判明した。また、当直管理責任者等によ る巡視についても、8月31日の夜間帯において、本来10回以上の留置施設内の巡視 を行うべきところ、13回行った巡視のうち甲男の居室に対しては7回に止まってい た。  特に、甲男が首を吊っている状態で発見された直前の時間帯である9月1日午前 6時台においては、留置施設内の巡回は全く行われておらず、午前6時36分に甲男 にお茶を提供したのが、甲男の最後の動静確認となっていた。また、午前6時50分 には、当直勤務員であった福島署留置管理課留置管理総務係長であるD警部補が、 留置施設内に入り巡視を行ったが、調査の結果、甲男の居室前を通っての巡視は行 っていなかったことが判明した。さらに、8月31日の夜間帯の巡回・巡視が、福島 署長が決定した方針や規程どおり実施された旨の事実と異なる内部報告書類が作成 されていた。 ウ 9月1日午前7時以降の対応等  午前7時0分、当直管理責任者であるM警部立会いの下、J警部補が看守台から 「起床」と声を出し、留置施設内の電気を点灯させた。K巡査部長は、被留置者に 居室内にある布団を布団庫に収納させる作業を行うため、看守台から見て一番奥の 居室前に向かった。このとき、K巡査部長は甲男の居室前の通路を通過しているが、 甲男の居室内の方向を見ていなかった。奥の居室から順次布団回収作業を行った後、 甲男の居室の布団回収を行うため居室扉の解錠を行おうとした際、敷かれたままの 布団が見えたことから、K巡査部長が居室内を確認すると、居室奥で甲男が立って いるように見え、視線を上げると居室奥の金網に紐が見え、その紐が甲男の首につ ながっているのが見えたことから、J警部補等に向けて「おいっ、おいっ。」と大 きな声で叫びながら居室扉を解錠して居室内に入った。発見時、甲男は、居室奥の 床面から甲男の身長を超える高さの位置の金網の網目に紐状のもの(以下「索条物」 という。)を通し、その輪の中に首を入れ、立位の状態で首を吊っていた。  午前7時2分、K巡査部長の叫び声に気付いたM警部、J警部補、L巡査長が甲 男の居室内に入り、J警部補、K巡査部長及びL巡査長の3名で甲男の身体を抱え 上げ、M警部が甲男の首から索条物を取り外し、甲男を居室内の布団の上に寝かせ た。  J警部補が甲男の右手首内側に指を当てて脈が無いことを確認し、K巡査部長が 心臓マッサージを、L巡査長が人工呼吸を施した。  午前7時5分、M警部が救急要請を行った。  午前7時8分、M警部から甲男が自殺を図った旨を聞き、対応のために留置施設 内に入場したD警部補が、甲男に対してAEDを使用したが、「電気ショックは不 要」とのアナウンスが流れたことから、心臓マッサージと人工呼吸を継続した。  午前7時12分、救急隊が留置施設内に到着し、午前7時17分、同隊が甲男を留置 施設外へ搬送、午前7時27分、搬送先の病院に向けて出発した。  搬送先の病院で甲男に対する処置が行われていたが、午後10時21分、甲男の死亡 が確認された。 3 自絞用具と保管私物の管理状況等 (1) 自絞用具の状況  甲男が首を吊っているのを発見したM警部が甲男の首から取り外した索条物は、 布製の素材の5本の紐と不織布マスクの耳紐と思料される伸縮性のある5本の細紐 で作製されていた。布製の素材の紐については、甲男が当時着用していたTシャツ 1枚及び甲男の衣類として甲男の保管私物庫内に保管されていたTシャツ等4枚と 同素材・同色で、各Tシャツ等の裾部分の布が裂かれた状態であり、離断面を突合 した結果、矛盾は認められなかった。 (2) 保管私物の管理状況 ア 居室内への衣類の持込み  留置施設内での各種事故防止のため、自弁等物品(文房具類、本、飲料等)につ いては、物品ごとに使用・摂取できる時間帯や、居室内への持込み可能な数が制限 されている。これに対して、衣類については、フードや紐付きのもの、ボタン多数 のもの、破損ありのもの等を除き、被留置者の申出により着用は許可されている。 ただし、被留置者が着用している衣類のうち不要になったものについては、居室内 から速やかに回収するよう本部留置管理課から全ての留置施設に対して指導が行わ れていた。  また、本部留置管理課では、過去に警察留置施設内で被留置者が衣類を首に巻い て自殺(企図)した事例等について指導を行っていた。 イ 衣類を交換する際の点検の状況  被留置者の申出により、被留置者が居室に持ち込む衣類を交換する際には、その 都度異常の有無を点検する必要があるが、福島署においては、保管私物庫から交換 する衣類を出す際及び被留置者から衣類を回収する際には、畳まれた状態の衣類を 改めて広げて点検することまではしていなかった。 ウ 洗濯・乾燥後の衣類の点検の状況  福島署では、被留置者が着用した衣類については、週2回行われる洗濯・乾燥後、 居室内で被留置者自身に畳ませ、畳み終えた衣類を被留置者本人又は看守勤務員が 留置施設内にある被留置者の保管私物庫に収納していた。  被留置者に対しては、看守勤務員等が必要な動静監視を行うことが基本であるに もかかわらず、福島署では、居室内で被留置者自身に洗濯・乾燥後の衣類を畳ませ る場合に、事故等がないように注意しなければならないとの意識に乏しく、居室内 に持ち込んだ衣類の点数の把握、看守勤務員による動静監視、畳み終わった後の衣 類の異常の有無の確認をいずれも行っていなかった。 エ 保管私物の点検の状況  被留置者の保管私物について、規程では毎月2回以上、金属探知器等の保安検査 器具を使用して危険物等の有無の検査を行わなければならないとされている。  福島署における令和4年8月中の実施日は、8月3日(留置管理第二係が実施者) と8月26日(留置管理第三係が実施者)であったが、業務多忙等を理由に両日とも 実施されておらず、代替日での実施もされていなかった。このうち8月26日に関し ては、実施した旨の事実と異なる内部報告書類が作成されていた。 (3) 不織布マスクの管理の状況  不織布マスクの耳紐と思料される伸縮性のある5本の細紐については、複数回に わたり不織布マスクの耳紐を引きちぎって入手していたものと推認された。しかし ながら、甲男の申出によりマスク交換を行った時期については記録が残されておら ず、また、交換の際に、甲男がそれまで使っていた不織布マスクの両方の耳紐の有 無については、確認が徹底されていなかった。 (4) 索条物の作製時期  調査の結果、男性が、索条物に用いたものと同種の布製の素材のTシャツ等を短 時間で大きな音を立てることなく引き裂くことは不可能ではなく、甲男も同様の方 法でTシャツ等を引き裂いて紐を作製したものと推認されたが、その時期や具体的 な状況については特定に至らなかった。 (5) 索条物の隠匿  8月31日午前中に行われた取調べのため、甲男が留置施設へ入出場した際及び同 日午後7時から実施された検室の際に、甲男の身体検査が行われたが、索条物は発 見されておらず、また、就寝後に甲男の保管私物庫から居室内に上衣の持込みもな かったことから、甲男は居室内のいずれかの場所に索条物等を隠匿していたものと 推認される。調査の結果、具体的な隠匿場所の特定には至らなかったが、甲男の居 室内のトイレ出入口扉と支柱の間にある僅かな隙間に、通常の扉の使用方法では生 じない払拭痕及び繊維痕が認められ、検室の際、当該隙間に対する異常の有無の確 認は実施されていないことが明らかになっており、当該隙間に隠匿されていた可能 性が認められる。 4 明らかになった事実への評価 ⑴ 特異被留置者指定に関する対応  被留置者に逃走又は自殺のおそれが認められた場合には、規程で定める特別要注 意被留置者の指定を検討すべきところ、府警においては、本部留置管理課把握の下 で、逃走又は自殺の蓋然性が低いと判断したものについては、特異被留置者に一旦 指定して巡回強化等の措置をとるなどの運用が常態的に行われていた。このことは 福島署においても同様であり、8月19日、甲男に対して、逃走に関する言動はある ものの、その蓋然性は低いとして、特別要注意被留置者ではなく特異被留置者の指 定が行われた。  また、府警の規程自体も、「留置業務管理者は、特別要注意被留置者又は特異被 留置者の指定をした場合は、留置主任官に戒具の使用若しくは留置保護室への収容 又は看守勤務員の増員、対面監視、巡回強化等、必要な措置を執らせ」なければな らないと規定しており、特異被留置者への措置と特別要注意被留置者への措置がそ れぞれ明確に区別されていない。  しかしながら、本来は、逃走又は自殺を防止するために必要な措置として監視の 徹底に重きが置かれるべき特別要注意被留置者と、留置施設内の規律及び秩序を維 持するために組織的な対応が図られるべき特異被留置者は、同じ枠組みで検討され るべきものではなく、警察庁通達においては、この両者は区別して措置することと されている。(注意10) (注意10)警察庁通達(「留置管理業務推進要領」の一部改正について(令和4年 4月27日付け警察庁丙総発第35号、丙人発第41号))では、「犯罪の態様、経歴、 言動等から自殺又は逃走のおそれが強いと認められたことにより戒具を使用された 被留置者及び保護室に収容された被留置者、また、戒具の使用や保護室の収容に至 らない場合であっても、これらのおそれが強いことにより特別要注意者に指定する ことが適当と認められる被留置者」を特別要注意者(規程では特別要注意被留置者) として、監視を徹底することとされている。  また、「留置施設の規律上容認できない要求や苦情を繰り返し申し立てたり、そ れが受け入れられないことを理由に、留置主任官の指示に反して留置施設の秩序や 平穏を乱す行為等を行う被留置者」を問題被留置者(規程では特異被留置者)として、 組織的な対応を行うこととされている。   したがって、府警において、常態的に行われていたこのような運用は改めるべき である。 ⑵ 便せん発見前後の福島署の対応 ア 当直管理責任者への報告  福島署留置管理課留置管理第三係長であるB警部補が、8月30日午前0時5分頃 に自殺をほのめかす甲男の便せんを発見した後、同日朝に当直管理責任者であるC 警部にその旨を報告している。しかしながら、留置担当者は、被留置者の言動によ り、留置施設内で自殺等を行うおそれがあると認めた場合は速やかに留置主任官に 報告しなければならないと規程で定められていることを踏まえると、甲男が社会的 反響の大きい重要事件の被疑者かつ特異被留置者に指定していた者であり、発見し た便せんの内容が自殺をほのめかす内容であると受け止めた以上、C警部が休憩中 だったとしても、速やかにC警部に報告して組織的対応を図るべきであったと考え る。 イ 福島署長への報告 自殺をほのめかす便せん発見等の報告を受けたA警部は、甲男は既に特異被留置 者に指定されている一方で、留置施設内での日頃の動静から自殺のおそれは低いと 考え、甲男の監視を強化すれば足りるとの判断の下に福島署長等に報告している。  しかしながら、甲男は逃走等のおそれにより特異被留置者に指定されていたもの であり、留置主任官であるA警部は、自殺のおそれを理由に特別要注意被留置者と して指定する必要性について、留置業務管理者である福島署長が適切に被留置者の 処遇を決定し得るよう、より慎重に組織的検討を行うべきであった。  また、福島署長においても、甲男の対面監視の必要性について本部留置管理課へ の確認を指示しているものの、留置業務管理者として、発見された便せんの内容を 自分の目で確認するなどして、甲男の自殺のおそれについて責任を持って慎重かつ 綿密に検討を行うべきであったにもかかわらず、便せんそのものの確認を行わない など、特別要注意被留置者の指定を判断するために必要な情報把握を行っておらず、 十分な対応ではなかったと考える。 ウ 福島署から本部留置管理課への報告  A警部の指示を受けたD警部補による本部留置管理課課長補佐のE警部への報告 等については、A警部から甲男の監視を強化すれば足りるものとの判断が示されて いたこともあり、便せんの内容の全てを漏れなく説明しておらず、また、便せんの 写しも送付していなかったことから、結果として、自殺のおそれを理由とした特別 要注意被留置者への指定及び対面監視実施の必要性を判断する上での重要な要素を E警部が認識していなかった可能性がある。被留置者の事故防止を組織的に検討す る上では、D警部補からE警部に対して、便せんの写しを送付するとともに、甲男 に関する情報を漏れなく報告すべきであったと考える。  福島署では、本部留置管理課への確認後、E警部からD警部補に対し、家族宛て の感謝の気持ちが書かれているだけであれば対面監視は厳しいと思われるが、特別 要注意被留置者に指定するかどうかは警察署の判断になる旨回答されたにもかかわ らず、「本部留置管理課に相談したが対面監視の必要はないと判断がなされた」と 理解し、対面監視実施を前提とした特別要注意被留置者への指定の判断には至らな かったものと考えられる。しかしながら、甲男は社会的反響の大きい重要事件の被 疑者であり、また、甲男に向けられていた容疑の中で法定刑が一番重い殺人の容疑 で8月25日に逮捕されていたという事実を踏まえれば、本部留置管理課への確認後、 留置業務管理者である福島署長の判断で、甲男を自殺のおそれを理由に特別要注意 被留置者に指定し、甲男の対面監視を実施することを改めて検討すべきであったと 考える。 エ 巡回・巡視の強化措置  甲男に対する「夜間帯における1時間に5回の巡回」については、本来であれば、 留置業務管理者である福島署長が決定した方針を忠実に遵守して看守勤務員による 巡回が徹底されるべきであった。それにもかかわらず、危機感の欠如により、決め られた回数の巡回が行われていなかったことは、極めて不適切な対応であったと考 える。また、同時間帯における当直管理責任者等による巡視についても、同様に不 適切な対応であった。さらに、夜間帯の巡回・巡視に関する事実と異なる内部報告 書類が作成されていたことは、言語道断である。 オ 福島署と刑事部捜査第一課の連携  甲男の逃走に関する言動についての福島署と刑事部捜査第一課の連携状況につい ては、刑事部捜査第一課からの情報共有内容を受けて、福島署において8月19日に 甲男を特異被留置者に指定していたことを踏まえると、連携は適切に図られていた と認められる。  また、自殺をほのめかす便せんが発見された後の上記両所属の連携状況について は、福島署から刑事部捜査第一課に対して便せんが発見された事実の共有がなされ ていたことや、刑事部捜査第一課から福島署に対して取調べ時の甲男の動静や心理 状態に関する情報の共有がなされていたことから、連携自体は引き続き行われてい たと認められる。 カ 小括  このように、福島署においては、自殺をほのめかす便せん発見後の甲男に対する 対応が的確に行われていたとは言いがたく、結果として甲男の留置施設内での自殺 を防止することができなかったことから、福島署における一連の対応は不適切であ ったと考える。 ⑶ 保管私物の管理等 ア 衣類の管理  今回把握された福島署における衣類の交換及び洗濯・乾燥後の衣類の処置方法は、 被留置者に対し、衣類を破って自絞用具を準備する機会を与えかねない状況になっ ていたと考えられることから、不適切であったと考える。今後は、衣類交換時の点 検を徹底するとともに、洗濯・乾燥後の衣類の点数等を適切に管理し、被留置者自 身に衣類を畳ませる場合には動静監視の下で行わせる運用に改めるべきであると考 える。  また、規程では、被留置者の保管私物について、毎月2回以上の検査を行わなけ ればならないとされているにもかかわらず、福島署では、令和4年8月中は、点検 が実施されておらず不適切な対応であったと考える。さらに、8月26日の検査に関 して、実際は実施していないにもかかわらず、実施した旨の虚偽の内容の内部報告 書類が作成されていたことは、言語道断である。 イ 不織布マスクの管理  マスクの交換の際、甲男がそれまで使っていたマスクの耳紐の有無の確認が徹底 されていなかったことは不適切であったと考える。今後は、マスク交換の際の異常 の有無の確認を徹底し、破損があれば、必ず居室内を点検するなどして破損部分が 隠匿等されていないか確実に確認する必要があると考える。 ウ 身体検査及び居室点検  福島署において、身体検査や居室点検は一定程度実施されていたものの、本来確 認すべき箇所が確認されておらず、結果として、自絞用具として使用された索条物 が何らかの手段で作製され、居室内に持込み又は隠匿されており、不適切であった と考える。今後は、身体検査及び居室点検を確実に実施する必要があると考える。 エ 小括  このように、福島署においては、保管私物等の管理や身体検査・居室点検が的確 に行われておらず、結果として甲男による索条物の作製及び居室内への持込み又は 隠匿という結果を生じさせており、福島署における一連の対応は不適切であったと 考える。 ⑷ 本部留置管理課による福島署への指導・助言  本部留置管理課のE警部は、福島署留置管理課留置管理総務係長のD警部補が、 甲男を特別要注意被留置者に指定した上で対面監視を行う必要性について本部留置 管理課の見解を尋ねるために電話連絡をしてきており、甲男の便せんには自殺をほ のめかす内容が含まれていたことをD警部補からの報告で認識していた。それにも かかわらず、E警部は、関係資料を本部留置管理課に送付させるなどの積極的な事 実確認を行うことはせず、D警部補からの口頭報告を聞くにとどめ、福島署長によ る対面監視実施の必要性判断に資する具体的な指導・助言を行わなかったことは、 本部留置管理課として十分な対応ではなく、結果として、その後の福島署長の判断 に大きな影響を及ぼしたものと考える。  また、E警部から報告を受けたF警視が、家族宛ての感謝の気持ちが書かれてい る内容の便せんが発見されたことを理由に警察署が被留置者の対面監視の必要性に ついて確認の電話連絡をしてきたとのE警部の報告に対して、連絡の趣旨の再確認 等を指示せず、また、本部留置管理課長及び同課調査官兼次長に、E警部の報告内 容を自ら速やかに報告しなかったこと及び速やかに報告するようE警部に指示しな かったことも、本部留置管理課として、府下警察署留置施設における特異事案への 対応として十分とは言えず、不適切であったと考える。 5 今後の対策  調査の結果、福島署の留置管理業務において業務の基本を疎かにした不十分・不 適切な対応がなされていたことや、本部留置管理課と警察署の連携等が十分ではな かったことが明らかになった。これらの問題が複合的に作用した結果、甲男が留置 施設内で自殺を図り死亡するという重大な事態を未然に防止できなかったものと考 える。  このような認識の下、今後、府警留置施設内での被留置者の自殺(企図)事案の 再発防止に向け、以下の対策を進めていく必要がある。 ⑴ 自殺等の言動に対する厳格な評価  特異被留置者及び特別要注意被留置者について、規程の見直しを行い、警察庁通 達で示されているとおり、両者を区別して指定の要件や措置の内容を定めることと する。また、これまで常態として、両者を明確に区別することなく行われていた運 用を見直すとともに、留置業務管理者である警察署長による指定等の検討に当たっ て、組織として蓄積された知見を反映させることができるよう、その具体的な着眼 点を明確化する。  また、指定の検討段階から本部留置管理課と警察署が当該被留置者に関する情報 を漏れなく共有し、本部留置管理課及び警察署双方が組織的に協議・検討した結果 を踏まえて警察署長の最終判断が可能となるよう、本部留置管理課によるサポート 体制を強化する。 ⑵ 被留置者に対する監視体制に係る基本事項の遵守の徹底 ア 留置管理業務における基本の徹底に関する指導・教養等の実施  留置管理業務に従事する全職員にその職責の重みを自覚させ、各種点検や検査、 巡回等の各留置管理業務を常に基本に忠実に行うことで、被留置者の適切な処遇が 図られ、留置施設内における各種事故防止につながることを改めて理解させる指導 ・教養を実施する。また、各種業務の実施状況について幹部職員が適時確認するな ど、業務管理を徹底する。 イ 巡回・巡視に関する規定の遵守  本部留置管理課において、巡回・巡視の重要性及び異常発見のチェックポイント 等についての要領(マニュアル)を作成し、同要領を用いて警察署に対する指導・ 教養を改めて実施する。また、各警察署においては、巡回・巡視方法が居室内を含 めた留置施設内の異常の有無を確実に発見できるようなものとなっているか、本部 留置管理課の指導を受けながら再点検を行う。さらに、留置業務管理者等が巡回・ 巡視状況を正確に把握できるよう、巡回・巡視状況を電磁的記録で管理する(巡回 ・巡視記録のデジタル化)などの取組を推進する。 ウ 保管私物に関する規定の遵守  自殺に用いる物品は、被留置者自身が居室内に持ち込んだ物品で作製可であるこ とを留置施設で勤務する全担当者に改めて認識させる。  また、保管私物庫一斉点検を留置主任官立会いの下で実施することについて、規 程で明文化するとともに、被留置者の私物について、所定の保管私物庫一斉点検を 確実に実施することはもちろんのこと、私物の出入れ時や適宜の機会に私物の状態 等を確実に点検するなど、被留置者の保管私物の点検を徹底させる。  さらに、居室内への持込みを許可する物品の内容・点数の管理等を確実に行い、 不必要な物品を居室内に持ち込ませないとの原則を徹底させる。 エ 実効性のある身体検査及び居室点検  本部留置管理課において、身体検査及び居室点検のより厳格な実施の在り方につ いて検討し、身体検査及び居室点検の重要性及び異常発見のチェックポイント等に ついての要領(マニュアル)を作成し、同要領を用いて警察署に対する指導・教養 を改めて実施する。  また、各留置施設・居室の形状等に応じた危険物等の隠匿可能箇所の再点検結果 を反映した施設整備等の対策を講じる。 ⑶ 本部留置管理課と警察署の連携強化  本部留置管理課と警察署の連携体制を一層強固なものとして、警察署における留 置管理業務が適正に行われるよう、警察署留置管理業務に関する指導を行う本部留 置管理課の体制強化を図る。 ⑷ 再点検等の実施  府下全留置施設に対する点検を実施し、不適切な事項については、早急に是正措 置を講じる。 第2 対外説明状況に関する調査 1 対外説明において事実と異なる説明を行った事項とその経緯 甲男が福島署留置施設内で自殺を図った令和4年9月1日以降、本部留置管理課 が、大阪警察記者クラブ及び大阪警察放送記者クラブに対し、対外説明を5回(第 1回目(9月1日午前)、第2回目(9月1日午後)、第3回目(9月2日午前)、第4 回目(9月2日午後)、第5回目(9月7日午後))行ったが、今回の調査により、新 たに把握した4項目を含め、以下の5項目について、事実と異なる説明が行われて いた。 なお、事実と異なる内容については、二重カギ括弧(『』)、当該事実と異なる 内容に関する実際の事実関係については、括弧(「」)を用いることとする。 (1) 巡回強化時期について 本部留置管理課調査官兼次長(以下「留管課次長」という。)は、第1回対外説 明時において、甲男に対する夜間帯の巡回強化の指示がなされたのは、『8月19日 』と事実と異なる説明をした。これは、実際には甲男が特異被留置者に指定された のは8月19日、夜間帯の巡回強化の指示がなされたのは「8月30日」であったが、 留管課次長は、巡回強化についても『8月19日』から行われていたと勘違いしてい たため、そのように説明したとしている。 (2) 自殺をほのめかす言動及び便せんの把握について 留管課次長自身は、第1回対外説明時点において、自殺をほのめかす言動の有無 について把握しておらず、現に調査中であったことから「調査中」と当初回答して いたが、同様の質問が繰り返される中で混乱し、『言動はない』、『把握はしてい ない』旨の説明をした。 留管課次長は、第1回対外説明後である「9月1日昼過ぎ」に便せんの存在を把 握したが、第2回対外説明においては、『確認できていない』と事実と異なる説明 をした。これは、調査の結果、第2回対外説明の前に、便せんの存在についての対 外的な対応方針等について、総務部内で十分な検討・準備が行われていなかったこ とによるものと考えられる。 留管課次長は、第3回対外説明において、便せんが発見されていた旨を説明した が、その時期については、『9月2日未明(9月1日深夜以降)』に『甲男の自殺 敢行後に同課員を福島署に派遣して書類を引き上げ精査した過程で判明』したと事 実と異なる説明をした。これは、第2回対外説明時にその旨を説明できていなかっ たことに躊躇し、辻褄を合わせるために、そのように説明したとしている。 また、留管課次長は、第3回対外説明の際に報道関係者からなされた「9月1日 の第1回説明の時点では、本部留置管理課は、特異被留置者に指定されていた甲男 が自殺をほのめかしていることについて、同課員全てが把握できていなかったのか 」との質問に対し、「8月30日に福島署から本部留置管理課E警部に報告がなされ ていた」にもかかわらず、『そうである』と説明したほか、第4回対外説明の際に、 報道関係者からなされた「福島署が捜査員に伝えていた自殺をほのめかす便せんの 存在を本部留置管理課に伝えていなかったのか」等の質問に対し、『そのような事 実は確認できていない』と説明した。これは、調査の結果、「8月30日午後」に福 島署から本部留置管理課に報告されていたが、同事実が本部留置管理課内で共有さ れておらず、留管課次長は、第4回対外説明後に同事実を把握したことが判明した。 第5回対外説明では、本部留置管理課長(以下「留管課長」という。)が福島署 から本部留置管理課に電話連絡があったのは、『30日午前』と関係者の曖昧な記憶 に基づき事実と異なる説明をした。 (3) 甲男の最終動静確認について    第1回対外説明において、留管課次長が甲男の最終動静確認を『午前6時44分、 甲男は布団を被り寝ていた』と説明したのは、福島署留置管理課留置管理総務係長 であるD警部補が同署留置施設内を『巡視』した時刻が『午前6時44分』であった とのD警部補の報告によるものであった。 しかし、調査の結果、D警部補は午前6時50分に甲男の居室前を通らないルート で巡視を行っており、また、D警部補自身、このときの巡視の際に甲男の動静を見 ていなかったにもかかわらず、『甲男は布団を被り寝ていた』と事実と異なる報告 を当初行っていたことが判明した。 このため、本調査結果により、甲男の最終動静確認は、『午前6時44分、甲男は 布団を被り寝ていた』ではなく、福島署留置管理課留置管理第一係のK巡査部長が 甲男の動静を確認した「午前6時36分」であることが判明した。 (4) 保管私物庫点検の実施日について 第2回対外説明において、留管課次長が甲男の保管私物庫の最終点検日を『8月 26日』と説明したのは、8月26日に福島署留置管理課留置管理第三係が保管私物庫 の一斉点検を実施した旨の福島署からの報告に基づくものであった。 しかし、調査の結果、8月26日の保管私物庫の一斉点検は実際には実施されてお らず、上記報告内容は事実と異なるものであることが判明した。 このため、本調査結果により、保管私物庫の最終点検日は、『8月26日』ではな く、「7月20日」であることが判明した。 (5) 9月1日午前6時から午前7時までの甲男に対する巡回・巡視について 第2回対外説明において、留管課次長が9月1日午前6時から午前7時までの甲 男に対する巡回・巡視状況について、『7回実施しており、午前6時44分の実施は 7回目』と説明したのは、その内容で巡回・巡視が行われていたとの福島署からの 報告に基づくものであった。 しかし、調査の結果、実際には、同期間において、報告どおりの巡回・巡視が行 われていなかったことが判明した。 このため、本調査結果により、9月1日午前6時から午前7時までの甲男に対す る巡回・巡視状況は、『7回実施しており、午前6時44分の実施は7回目』ではな く、「未実施」であることが判明した。 2 明らかになった事実への評価 (1) 準備不足に起因する対応の誤り 留管課次長は、甲男の自殺に関する対外説明を実際に行うに当たり、全ての対外 説明において、準備不足のまま対外説明に臨んでいた状況が見られた。  その結果、事実の確認不足による誤った説明のほか、記者からの再確認や念押し の質問が重なった際に曖昧な応答を行った結果として事実と異なる印象を与えてし まったものなどがある。また、相次ぐ質問に混乱したとはいえ、その場しのぎで事 実と異なる説明を行ったことは、対応を誤ったものといわざるを得ない。 また、留管課長は、当初の留管課次長の対外説明状況からして、同人が対外説明 に不慣れなことが窺い知れる報告を受けていたことから、その後の対外説明につい て、事前に十分な意思疎通や調整、指導を留管課次長の上司として行うべきであっ た。しかしながら、留管課次長の説明意図と異なる内容で報道がなされているにす ぎないとの誤った認識の下、それを怠ったため、留管課次長が一人で対応せざるを 得なくなった側面は否定できず、組織的な準備・調整不足が要因であったと認めら れる。加えて、留管課長は、第5回対外説明において、本部留置管理課が甲男の便 せんの存在を把握した時期についての説明を第2回対外説明時点で行わなかった理 由について、自殺をほのめかす内容の便せんがあったことを甲男が存命中に公表す ることは「甲男の尊厳を傷付けると思った」と説明したが、このことは、第2回対 外説明の前の対外説明方針等に関する十分な準備が行われずに留管課次長が誤った 説明をした経緯等を留管課長が十分に確認することなく説明したものであり、発言 内容も含め、不適切な対応であった。 さらに、留管課長の上司である総務部長においても、本部留置管理課から対外説 明結果については不十分な報告等しかなされていなかったことも一因ではあるもの の、留管課長や対外説明に不慣れな留管課次長に対して、事前・事後の組織的なフ ォローを適時適切に行わなかった結果、事実と異なる対外説明が行われてしまった ことについて反省すべき点がある。 (2) 本部留置管理課内の連携・情報共有不足に起因する対応の誤り 対外説明の中で、留管課次長は、一貫して、本部留置管理課は『甲男の自殺予兆 に関する連絡を福島署から受けていなかった』と説明していた。 しかしながら、同課課長補佐のE警部は、8月30日の時点で自殺をほのめかす甲 男の便せんが発見されたことを福島署留置管理課留置管理総務係長のD警部補から 電話連絡を受けていたのであるから、これは誤った説明となる。   福島署からの電話連絡内容が、留管課長及び留管課次長まで速やかに報告されず、 本部留置管理課における情報共有が適切に行われなかったことに加え、留管課次長 が対外説明の前に本部留置管理課内で事実の確認をしなかったことにより、対外説 明において、事実と異なる説明が行われてしまったものであり、不適切な対応であ ったと考える。 (3) 福島署の不適切な業務に起因する対応の誤り 福島署における留置管理業務は、業務の基本を疎かにした不十分かつ不適切なも のであり、虚偽の内部報告書類も作成されていたが、本部留置管理課は、その事実 について把握しておらず、業務の実態について十分な調査をしないまま対外説明を 行った結果、事実と異なる説明を重ねることとなった。 事実と異なる説明は、福島署の不適切な業務に起因するものといわざるを得ず、 本部留置管理課における不十分な対外説明準備とも相まって、不適切な対応であっ たと考える。 3 今後の対策 本調査の結果、本事案に関する対外説明に当たり、本部留置管理課において十分 な事前準備が行われておらず、本部留置管理課と福島署の連携も十分ではなかった ことが明らかとなった。留置管理業務のみならず、警察業務全般について、対外説 明を行うに当たっては、その実施所属が対外説明の目的や趣旨を適切に理解した上 で、説明内容についての組織的な検討を行い、広報課等の関係所属と十分に連携し て対応する必要がある。また、対外説明を円滑に行うためには、各所属の報道連絡 責任者個々のスキルアップを不断に図ることも重要である。 このような認識の下、警察業務に関する対外説明を的確に行うことができるよう にするため、以下の取組を実施する必要がある。 (1) 組織的な対応方針の事前検討の徹底 対外説明を行うに当たり、事案の発生直後から、発生警察署と本部担当課の間に おいて連絡責任者を設定するなどして緊密な連携を図り、正確な情報の把握等を行 うとともに、本部担当課においては、対応方針を組織的に検討する体制を確立させ、 広報部門との連携を図った上、対外説明についての準備を迅速かつ十分に行う。 (2) 対外説明を行う者に対する教養の徹底 広報課は、警察署副署長の職にある報道連絡責任者を対象とした指導・教養を実 施してきたところであるが、重大事案の対外説明に従事する可能性のある本部所属 の次長の職にある報道連絡責任者も指導・教養の対象に加えることが必要であり、 また、ロールプレイング形式での指導・教養等を実施し、府警全体で報道連絡責任 者のスキルアップを図る取組を早急に実施する必要がある。 (3) 部外講師による講習 必要な情報を迅速かつ正確に広報するためには、広報内容、タイミング、手段等、 対外広報に係る事前準備を万全にする必要があることから、報道機関の立場に理解 を有する者を部外講師とする講習会等を行うなどにより、報道連絡責任者に、報道 機関が広報担当者に求めることや報道機関側の心理等を理解させ、適切な対外説明 が行われるように報道連絡責任者のスキルアップを図る必要がある。 おわりに  府下の警察留置施設内で被留置者が自殺を図り死亡する事案を発生させたことや、 同事案に関して事実と異なる内容の対外説明が繰り返されたことについて、府警と して非常に重く受け止めている。  府警としては、本報告書で示した対策を速やかに実行に移すとともに、同種事案 を二度と発生させないようにするため、組織一丸となり再発防止対策に取り組んで いく。