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Osaka Prefectural Police

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質問31:日本(にほん)では、なぜ「車(くるま)は左側通行(ひだりがわつうこう)、人(ひと)は右側通行(みぎがわつうこう

質問31:日本(にほん)では、なぜ「車(くるま)は左側通行(ひだりがわつうこう)、人(ひと)は右側通行(みぎがわつうこう)」なのですか?

回答

日本(にほん)で「車(くるま)は左側通行(ひだりがわつうこう)、人(ひと)は右側通行(みぎがわつうこう)」になったのは、昭和(しょうわ)25年(ねん)ころからです。

それまでは人(ひと)も車(くるま)も左側通行(ひだりがわつうこう)でしたが、交通安全(こうつうあんぜん)のために、車(くるま)は従来(じゅうらい)のまま左側通行(ひだりがわつうこう)とし、人(ひと)は右側通行(みぎがわ)とする「対面交通(たいめんこうつう)」を取(と)り入(い)れたからです。

なお、外国(がいこく)ではアメリカなどが「人(ひと)は左(ひだり)、車(くるま)は右(みぎ)」の対面交通(たいめんこうつう)をとっており、イギリス・インド・オーストラリアなどが日本(にほん)と同(おな)じ「車(くるま)は左(ひだり)、人(ひと)は右(みぎ)」の対面交通(たいめんこうつう)をとっています。

人(ひと)や車(くるま)が通(とお)るところのきまりは、明治以前(めいじいぜん)には特別(とくべつ)な定(さだ)めがありませんでしたが、道路交通(どうろこうつう)が発達(はったつ)し、明治(めいじ)33年(ねん)に左側通行制度(ひだりがわつうこう)が採用(さいよう)されました。

左側通行(ひだりがわつうこう)としたのは、昔(むかし)から武士(ぶし)は左腰(ひだりごし)に刀(かたな)をさしていたので、自然(しぜん)に左側(ひだりがわ)を通行(つうこう)する習慣(しゅうかん)がついていたのを考慮(こうりょ)したとも言(い)われています。(右側(みぎがわ)を通(とお)ると刀(かたな)のさやが触(ふ)れ合(あ)うし、左側(ひだりがわ)からの攻撃(こうげき)に対(たい)しておくれをとるからです。)

道路(どうろ)を歩(ある)くときは

  • 道路(どうろ)へは飛(と)び出(だ)さない。一度(いちど)止(と)まって安全(あんぜん)を確(たし)かめる。
  • 止(と)まっている車(くるま)のすぐ前(まえ)や後(うし)ろからは渡(わた)らない。
  • 道路(どうろ)の右側(みぎがわ)(歩道(ほどう))を歩(ある)く。
  • 信号(しんごう)が赤(あか)のときは、絶対(ぜったい)に渡(わた)らない。
  • 黄色(きいろ)のときは、渡(わた)り始(はじ)めない。
  • 青(あお)のときでも、すぐ渡(わた)らず左右(さゆう)、まわりの安全(あんぜん)を確(たし)かめてから。

自転車(じてんしゃ)に乗(の)るときは

  • 自分(じぶん)の体(からだ)にあったものに乗(の)る。
  • 自転車(じてんしゃ)は車道(しゃどう)の左(ひだり)はしを通行(つうこう)する。ただし、次(つぎ)の場合(ばあい)には、注意(ちゅうい):自転車(じてんしゃ)は歩道(ほどう)を通行(つうこう)することができます。
  • 自転車歩道通行可(じてんしゃほどうつうこうか)の標識(ひょうしき)などがある場合(ばあい)。
  • 注意(ちゅうい):自転車(じてんしゃ)を運転(うんてん)している人(ひと)が、13歳未満(さいみまん)の子(こ)ども、70歳以上(さいいじょう)の高齢者(こうれいしゃ)や身体(しんたい)の不自由(ふじゆう)な人(ひと)の場合(ばあい)。
  • 道路工事(どうろこうじ)をしているとき、駐車車両(ちゅうしゃしゃりょう)や交通量(こうつうりょう)が多(おお)いなど、車道(しゃどう)を安全(あんぜん)に通行(つうこう)することができない場合(ばあい)。
  • 歩道(ほどう)を注意(ちゅうい):自転車(じてんしゃ)で走(はし)るときは、歩道(ほどう)の中央(ちゅうおう)から車道(しゃどう)よりの部分(ぶぶん)を、すぐに止(と)まれるようにゆっくり走(はし)り、歩行者(ほこうしゃ)のじゃまになりそうなときは一時停止(いちじていし)する。
  • 一時停止(いちじていし)や左右(さゆう)の安全確認(あんぜんかくにん)を忘(わす)れずに。
  • 二人乗(ふたりの)りや手(て)ばなし運転(うんてん)、傘(かさ)をさしながらの運転(うんてん)はしない。
  • 夕方(ゆうがた)や夜(よる)は必(かなら)ずライトをつける。

注意(ちゅうい):この自転車(じてんしゃ)は、普通自転車(ふつうじてんしゃ)のことをいう。